信じ抜く人が、
未来をつくる。

創業・2代目社長対談

2027年に創業30年を迎えるていねい通販は、創業者・古賀から奥条へ社長を継承します。現役世代の古賀はなぜ次世代へ託す決断をしたのか。奥条は退任宣言をどう受け止め、自分ごとにしていったのか。2人の歩みを辿りながら、未来へ優しさを残すための社長のあり方を語ります。

Member

  • 古賀 淳一

    古賀 淳一

    1969年、福岡県生まれ。大学卒業後、3年半のサラリーマン経験を経て、1997年に株式会社生活総合サービスを設立。

  • 奥条 達也

    奥条 達也

    2013年新卒入社。マーケティング部、カスタマーサービス部を経て、2019年にリーダー就任。2027年より社長を務める。

Point

  • なぜ古賀は、創業前から非同族で継承すると決めていたのか。
  • 10年後に退くと宣言してから、会社には何が起きたのか。
  • ていねい通販にとって、社長とはどんな存在なのか。

01.
そこにある声を聞けばいい

―奥条さんは、次期社長になることが決まってから、会社の見え方が変わった感覚はありましたか?

奥条 :

売上の見え方はとくに変わりましたね。売上が上がればすごく嬉しいんです。でも、下がった時にすごく悲しくなるというか、重く受け止めるようになって。それになかなか慣れない時期がありました。それで、ある時、古賀に聞いたんです。「売上が落ち込んだ時って、どう切り替えているんですか」と。そうしたら、古賀が社長室のドアの向こうから聞こえてくる声を指して、「これ聞こえるか」と言ったんです。

―社員のみなさんの声ですか?

奥条 :

はい。そこに座っていると、スタッフたちの声が聞こえるんです。その声を聞きながら、古賀が「みんな、めっちゃ一生懸命頑張ってるやろ。この状況で無理やったら、諦めた方がいい」と言って。

古賀 :

社員のことも、商品やサービスのこともそうです。信じていないから、一喜一憂するんだと思うんです。信じ抜いたら、大丈夫だと思える。だから僕はずっと、信じ抜けないような商品やサービスを中途半端にやるな、と言ってきました。

奥条 :

当時の自分には、まだ信じきれていない部分があった。古賀の言葉を聞いて、ていねい通販の社長が目指す姿が一気に見えた気がしました。なんてかっこいいことを言うんだろうと思いましたね。

―ていねい通販の社長とは、「信じ抜ける人」なのでしょうか。

奥条 :

僕はそう思っています。社員、ビジネスパートナー、お客様、商品。そのすべてを一番信じ抜ける人が、ていねい通販の社長なんだと思いました。僕自身、特別なスキルや豊富な知識があるわけではないと思ってるんですけど、でも入社した時からずっと、ここで働くみんなのことが大好きで。こんな自分でも、みんなのことを信じることはきっとできる。だから、自分がなろうと思えたんです。

02.
会社を自分のものにしない

―古賀さんは、創業前から非同族で会社をつないでいくことを決めていたと聞きました。

古賀 :

そうですね。起業する前から決めていました。自分が会社を作るなら、同族でいくのか、非同族でいくのか。それは最初に決めておこうと思っていたんです。

―起業前から、そこまで決めていたんですね。

古賀 :

僕はサラリーマン生活が3年半と短かったんですけど、その中で同族経営の強さも、非同族経営の強さも見てきました。どちらにも良いところと難しさがある。ただ、自分が見ていた範囲では、非同族の会社で働いている人たちの方が、のびのびしているように見えたんです。だから、自分が会社を作る時は非同族でいこうと決めました。子どもも妻も入れない。創業時も、妻に入ってもらうのが一番自然だったと思うんですけど、そうはしませんでした。サラリーマン時代のアシスタントと、2人でスタートしたんです。

―それは、会社を長く続けるための最初の決断でもあったんでしょうか。

古賀 :

最初から「100年続く会社にするために」と深く考えていたわけではありません。ただ、自分の家族に継がせる会社ではなく、ここで働く人たちが未来を描ける会社にしたいという感覚はありました。もし創業者がいつまでも中心に居続けたら、次の人は育たないじゃないですか。50代は社長としてまだまだ動ける年齢だと思います。でも、100年先を考えた時に、自分がトップに居続けるより、若い世代に託していく方が絶対にいい。そう思うようになっていきました。

―創業時から、会社の規模についてはイメージされていたんですか?

古賀 :

夢がない話なんですけど、本当に考えていませんでした。とにかく潰れない会社にしたかったんです。だから、絶対に借り入れもしない。大きな夢を語るというより、まずは潰れない会社を作ることが大事だと思っていました。

―その中で、大切にしたい想いなどはありましたか?

古賀 :

「誰かの役に立つ喜び」のようなものは、あったかもしれません。両親が自営業をしていて、母は3人の子どもを育てながら、仕事も家事も育児もしていました。子どもの頃から、その大変そうな姿を見ていたんです。だから、母のような世代の人に何かできることはないか、という思いはどこかにありました。創業したばかりの頃でいうと、自分を信じてついてきてくれた仲間がいて、まだ何もない会社に力を貸してくれたビジネスパートナーがいて、最初の商品を買ってくださったお客様がいた。そういう人たちに、何かできないだろうかと考えることは、自然としている気がします。

―その感覚が、今のていねい通販の土台にもなっている。

古賀 :

そうですね。会社は一人ではできません。仲間がいて、ビジネスパートナーがいて、お客様がいて、初めて続いていく。そういった当たり前のこと、初心を忘れてはいけない。だから社長を継承する時に、僕が願ったことは一つでした。自分以上に、ていねい通販の仲間、ビジネスパートナー、お客様を愛してくれる人に託したい。それだけです。

03.
「ありがとう」
が集まる会社へ

―創業からしばらくして、会社は大きく成長していったんですよね。

古賀 :

4年目の頃に、最初の商品「くろ源」というサプリメントで年間3億円ぐらいの売上が立って、定期購入のお客様も増えてきました。ただ、そのタイミングで大手企業が一気に健康食品に参入してきて、僕らみたいな小さな会社は急に売れなくなったんです。このままだと続かないと思って、新たなジャンルとして化粧品も販売することにしました。

―それまでとは違う領域に踏み出した。

古賀 :

はい。洗顔石鹸を作って世に出したら、想像以上に反響がありました。そこから3年で売上が30億円まで伸びたんです。会社としては一番急成長した時期です。でも、一番しんどかった時期でもありました。

―しんどかった、というのは。

古賀 :

売上を追う中で、とにかくたくさんの人を採用していました。早く仕事を捌くことを優先して、どんどん人を増やしていったんです。すると、顔と名前が一致しない人が増えていきました。売上は上がっている。お客様も増えている。でも、「こんな会社にしたかったんだっけ」と思うようになっていったんです。

―創業当時とは、会社の見え方が変わってしまっていたんですね。

古賀 :

創業当時は、一件の注文を社員みんなで喜んでいました。でも会社が大きくなるにつれて、喜びを分かち合う余裕はなくなり、社員たちに向き合うこともできなくなったんです。売上は上がっているのに、どうしてこんなに苦しいんだろうと思っていました。そのストレスもあって、心臓を悪くして倒れてしまったんです。それから1ヶ月半ぐらい入院することになり、ベッドの上で、ずっと考えていました。なぜ世の中には、うまくいく会社とそうでない会社があるんだろう。今の自分たちに足りないものは何なんだろう。その時に気づいたのが、企業理念、つまりゴールがないということでした。

―指標となるものがなかったんですね。

古賀 :

売上を追うことはできていた。でも、何のために会社をやっているのかが、はっきりしていなかった。その時に、ふと思い出した光景がありました。子どもの頃、重そうな荷物を抱えたおばあさんを少し手伝ったことがあったんです。その時に「ありがとう」と言ってもらった。その言葉がすごく嬉しかったんです。ありがとうが自然と飛び交う会社にしたい。そう思って、「ありがとうが集まる通販会社」という企業理念が生まれました。

―そこから、売上第一のスタイルを変えていった。

古賀 :

そうです。退院してから、売上を追うことをやめるために、化粧品の販売を一度中止し、健康食品一本でいこうと決めました。ただ、会社の中は大変でした。僕がそれまで言っていたことと全く違うことを言い出したので、創業メンバーは心配していましたね。

奥条 :

当時のことは、昔からいるメンバーから聞いています。本当にガラッと変わったと。

古賀 :

それまでは、売上を上げるために「こうしろ、ああしろ」と全部自分で決めていました。でも退院してからは、今のていねい通販のような会社にしたいということを伝え始めたんです。ただ、今振り返るとかなり厳しかったと思います。ついてこられないなら辞めてもいい、と伝えるようなこともありました。

―そこまでしてでも、変えなければいけないと思っていた。

古賀 :

覚悟は決まっていました。ピーク時は36人ぐらいいましたが、そこから4割ぐらいは辞めて、最終的に21人ぐらいが残りました。あの別れは、今でも思い出すと胸が痛みますが、残ってくれた全員に集まってもらって、「自分はこういう会社を作りたい。本当に一緒にやってくれるか」と伝えました。みんなが「一緒にやります」と言ってくれた。その日を、僕たちは第二創業としています。

―そこから、今のていねい通販に近づいていくんですね。

古賀 :

そうです。第二創業から半年ぐらいで、ていねい通販というブランドが生まれ、その半年後に、今の看板商品でもある「すっぽん小町」が生まれました。2005年までの7年間の中で離れていった人には申し訳ない気持ちもあります。でも、あの時期があったからこそ、今のていねい通販があると思っています。

04.
10年後に辞める、
と宣言した日

―今のていねい通販では、社員一人ひとりが自分で考えて動いている印象があります。第二創業の頃と今とでは、社長の役割も変わってきたのでしょうか?

古賀 :

天と地ほど違います。第二創業から2017年の20周年までは、なんだかんだ言っても僕が中心でした。

奥条 :

僕が入社したのは2013年なんですけど、入ってからしばらくは、まだ古賀が会社の中心にいる感じはかなりありました。もちろん現場のメンバーも動いていましたし、任されていることもあったんですけど、最後の判断や大きな方向づけは古賀がしている感覚が強かったです。クリエイティブの確認も、お金の決裁もしていましたし。今みたいに、一人ひとりが自分で考えて進めていく体制とは、全然違いましたね。

―その体制が変わったのが、2017年だった。

古賀 :

20周年の創業パーティーで「俺は、10年後に社長を引退する」と宣言したんです。そこから権限移譲を一気に進めました。数字や全体は見ますけど、細かい仕事やビジネスパートナーとのやりとりはほとんどしなくなりました。

―業務の手渡しは、どのように行われたんですか?

奥条 :

「これってどうしたらいいですか」と聞きに行くと、「聞くな」と怒られていました。

―レクチャーのようなものはなかったんですか?

奥条 :

全くないです。そんな丁寧なことをしていただける方ではないので(笑)

古賀 :

この不親切さが人を伸ばすんです(笑)

奥条 :

でもそのおかげで、自分たちでやらないといけないという感覚は強くなりました。2017年を機に任される範囲が大きくなって、成長速度は一気に上がったと思います。クリエイティブのチェックも、お金の決裁も、古賀は一切しなくなりました。

―託す側として、不安はなかったのでしょうか。

古賀 :

不安はなかったです。ただ、イライラはしていました。20年間、自分の思考やスピード感でやってきているので、自分だったらもう終わっているはずのことが、まだ終わっていない。そういう場面を見ると、「何してるんだ」と思うわけです。でも基本的には言わなかったですね。

奥条 :

口出しはされなかったです。ただ、表情から「イライラしているな」というのは伝わってきました。

―それでも任せ続けたのは、なぜだったのでしょうか?

古賀 :

人は、任される範囲が広がると伸びると信じてるからですね。仕組みがあったわけでも教育したつもりもありません。みんな自然と成長しました。ただ、こちらが本気で信じて任せることで、任された側も自分たちで考えざるを得なくなる。そういうものだと思っています。

05.
奥条が、ドアを叩くまで

―奥条さんは、2017年の「10年後に辞める」という宣言を、どのように受け止めていたのでしょうか。

奥条 :

実は、社員の中で一番落ち込んでいた人間だったと思います。当時は入社4年目で、仕事がうまくいっていた時期でもありませんでした。自分の実力の足りなさを一番痛感していた頃だったので、古賀の宣言を聞いて「やっていかないといけない」という熱い気持ちは受け取りましたが、自分が社長になるという絵は全く描けていませんでした。

―最初から自分ごとだったわけではなかったんですね。

奥条 :

そうですね。到底、自分が社長だとは思っていませんでした。自分ごとにできていたかというと、全くそうではなかったと思います。

―そこから、少しずつ現実味を帯びていったきっかけはあったのでしょうか?

奥条 :

大きく2つあります。ひとつは、2019年にリーダーになって経営会議に入ったことです。その時、当時の経営陣は10年後を考えて動いているわけです。それを見て、自分ももっと自分ごと化して動かないといけないと思いました。ただ、その時もまだ「自分がやる」という感覚ではありませんでした。どうしたら10年後に事業承継ができるのか。次期社長を決めることができるのか。そういう視点で考えていました。

―もうひとつのきっかけは何だったんでしょうか?

奥条 :

 2022年頃に、古賀が当時のリーダー4人に対して、「このメンバーの中から、名乗り出てほしい」とはっきり言ったことです。その時に、初めて4分の1になったという感覚がありました。手を挙げれば、自分がこの会社の社長になってしまう。その恐怖心のようなものがありました。

―そこから、自分が社長になることを考え始めたんですね。

奥条 :

ていねい通販で自分が社長をやるって、どういうことなんだろう。そもそも社長とは何なんだろう。ていねい通販の社長にとって、これから先何が大事なんだろう。そういうことを考えるようになりました。その頃から、気になることがあると古賀に聞きに行くようにもなりました。

古賀 :

当時、奥条以外のリーダーたちも僕に話を聞きに来る機会が増えていたので、意識が高まっているんだなとは思っていました。ただ、僕は誰が手を挙げても、その人にやってもらうと決めていました。でも途中で、これは自分が選ばないと酷なんじゃないか…とも思うようになったんです。僕はゼロから会社を作ったので、背負うものの大きさが、今とは全く違うわけです。今は、社員とその家族、ビジネスパートナー、大勢のお客様がいる。軽い気持ちで手を挙げられるものではないですよね。

―そんな責任が圧し掛かる中で、奥条さんが決断できたきっかけは何だったのですか?

奥条 :

あるリーダーが、それまでずっと目指していた役割を手放して、事業を伸ばすことに向かうと決めたんです。それが、会社のために自分ができることだから、と。その姿が、すごくかっこよかったんです。じゃあ自分にできることは何だろうと考えた時に、この会社のトップに立候補することが、会社が前に進むことにつながるんじゃないかと思ったんです。

古賀 :

僕が社長を辞めて次に託す考えと、そのリーダーの考えは近いと思っています。僕だって、社長でいた方が楽なんです。創業者としてそのままいることもできた。 でも、100年続く会社でありたいと思った時に、僕は社長という座を手放して、誰かに託す必要があると思った。 そこにはエゴがないんです。ていねい通販のこと、今いる人たちの未来を考えた結果、今がある気がします。

―奥条さんにとって、社長になることは「上に立つ」というより、役割にはまる感覚だったんですね。

奥条 :

本当にそうです。社長という漢字には「長」が入っていますけど、全然そんな感覚はありません。ポジションにはまったという感覚です。 それに、今のていねい通販だから手を挙げられたんだと思います。社長の役割は信じて託すというスタイルになった。 それなら、自分にもできると思えたんです。スキルの話ではなく、信じてやりきれるかどうか。それを自分に問うた時に、自分ならできると思いました。

06.
毎週、話していたこと

―奥条さんが決断したことを、古賀さんに伝えに行った日のことは覚えていますか。

奥条 :

覚えています。ただ、何を話したかは本当に覚えていません。社長室で話したことだけは覚えていますが、頭が真っ白だったんだと思います。

古賀 :

一方的にずっと話していましたね。僕が感動する間もないぐらい、わーっと。

奥条 :

前日の夜に妻には話していました。明日、古賀に伝えると。人生が変わると思うし、家族にも迷惑をかける部分があると思う。そういう話をして、夜を過ごしたのを覚えています。

―古賀さんは、その場でどう受け止めたのでしょうか?

古賀 :

「わかった。頼むぞ」と言いました。もう間髪入れずに。

奥条 :

それは覚えています。普通だったら少し考える時間があるじゃないですか。でも本当にすぐに「わかった」と言われて、すごいなと思いました。本当に迷いがなかったんだ、と。

古賀 :

奥条が入社1年目の頃、僕に怒られていた姿も、嬉し泣きも悔し涙も見ているので。「あの奥条がな」と思うと、少しずつ感動が湧いてきました。

―そこから継承が始まっていったのですね。

古賀 :

とにかく毎週時間を作れと言いました。月曜日に時間を決めて、奥条が聞きたいことに僕が答える。それぐらいです。

奥条 :

数字の話はほとんどしていません。一般的な経営の数字がどうとか、そういう話はほとんどなかったです。 僕が聞いていたのは、社長としての決断の理由や、その時の感覚でした。あの場面でなぜその決断をしたのか。スタッフの様子をどう見ていたのか。そういうことを聞くようにしていました。 古賀が会社をどう見ているのか。それがすごく気になっていたんです。

―古賀さんから見て、奥条さんの変化を感じることはありましたか。

古賀 :

質問の質はどんどん変わっていきました。最初はどうしても、数字に目がいくんです。売上、利益、キャッシュフロー。それは大事なので見ておけとは言っていました。 でも、そちらばかりに焦点がいくと、本当に大切なものを見落としてしまう。僕らにとって一番大切なのは、近くにいる人、つまり社員なんです。数字は見えるから大事にしやすい。でも、社員一人ひとりの表情やモチベーションのような、見えにくいものを見落としたら本末転倒です。 それをいつか伝えないといけないと思っていたら、奥条の方から「最近そういうところに目がいきがちだったけど、気をつけようと思います」と言ってきたんです。その時は、すごいなと思いました。

―社長という役割に対して、今も不安はありますか。

奥条 :

きついかもしれないと思うことは、今でもあります。でも一方で、このメンバーなら大丈夫だと思える感覚も日に日に強くなっています。大げさかもしれませんが、今はスタッフ一人ひとりに命をかけられる感覚があります。

07.
見守る人と、
歴史をつくる人

―古賀さんはこれから会長という立場になります。今後の役割をどのように考えていますか。

古賀 :

ここ数年と大きく変わらないと思います。お金は出すけど、口も手も出さない。楽しみは、社員一人ひとりが成長している姿を間近で見られることです。それが僕のモチベーションになると思います。 社長として背負っていたものは奥条に託すので、自分の中には余白が生まれるはずです。その余白を、会長として何か新しいことに活かせるなら活かしていきたい。ただ、まずは毎年入ってくる新入社員や、一人ひとりの成長を見届けることが一番大切かなと思っています。

―奥条さんは、20年後の継承もすでに考えているそうですね。

奥条 :

はい。僕は37歳で社長になります。古賀が57歳で退くので、自分も20年やれば57歳になる。その頃はちょうど、会社としても50周年のタイミングです。そこで次の3代目に渡せたら、組織の新陳代謝として良い循環になるんじゃないかと思っています。

古賀 :

夢がありますよね。

奥条 :

ただ、古賀からは「最初の10年はがむしゃらにやりなさい」と言われています。3代目のことは置いておいて、とにかくがむしゃらに社長業をしなさいと。その上で、次の10年で後継者や引き継ぎを考えていく。それは自分の中でも、確かに良いプランだと思っています。

―今回の採用サイトでは、「優しさを未来へ」という言葉をコンセプトに掲げています。その言葉を受けて、これからお二人が大事にしていきたいことを教えてください。

古賀 :

僕は、次の世代である奥条以下のメンバーたちが、安心して未来へ進んでいけるように、見守ることだと思います。守るのではなく、見守る。それがこれからの僕の役割だと思います。

奥条 :

これまでの歴史は、古賀や、昔から会社を支えてくれているメンバー、たくさんの人たちが作ってきてくれました。その歴史によって、今の僕たちがあります。 これからの歴史を作っていくのは、僕たちです。だからこそ、これから自分たちがやっていくべきことは、誇らしく語れる歴史を作ることだと思います。今の社長も含めて、みんなが誇らしく語れるような歴史を、これから作っていきたいです。

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新入社員から見た、会社の継承。

by 古旗・甲田